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歯科の受付応対・事務

--2. 受付の基礎知識と業務--

診療所を訪れる受診者は、まず第一に受付に接する。すなわち、受付とはその診 療所を代表する顔であり、受診者に対して第一印象を与える場であるといえる。
受診者はいつも、技術が優れ信頼のできる歯科医師を求めると同時に、親切で明 るく、好ましい応対の得られる診療所を望んでいるものである。受付のすべての業 務は、温かく来訪者に接することから始まる。
受付の業務は、診療に直接関係するものと、事務的な業務とに分けられる。
診療に直接関係する業務を大別すると、
(1)受診者、外来者、訪問者の受付。応対の仕事
(2)診療録の作成と保管
(3)予診準備
(4)患者の来院目的の調査、主訴の調査、一般健康状態の調査など
(5)患者の誘導
(6)診療計画の提示
(7) 時間約束日の決定と約束簿の管理
(8)リコール制の説明とリコール通知
などである。
以上のように、診療の流れを中心として受付の業務が正しく行われなければなら ない。あくまで受診者の相談相手となる気持ちで、その身になってできるだけ効率 よく快適に診療が受けられるように配慮することが大切である。同時に、診療所の 制度や診療方針をよく説明し、受診者の理解を得ることが肝要である。



受付応対の仕事

受診者
診療所を訪れる受診者は、初診来院患者と再来患者とに大別で きる。患者への応対の心構えに変わりがないが、 とくに初診来院患者には気を配ら なければならない。初診来院患者は、予約なしに不意に訪れる患者と、予約をして来院する患者とに 分けられる。さらに、緊急症状のある場合と緊急症状のない場合、および予約だけ をとりにきた患者などに分けられる。
また、知人などに紹介されて、ある程度その診療所の内容に通じている患者もい れば、その診療所に関するある程度の情報を得たうえで自分の意志で来院する患者 もいる。また、まったく飛び込みの形で訪れる患者もいる。
以上、いずれのタイプの場合であっても、はじめてその診療所を訪れるときは、 かなりの精神的不安をいだいているものである。そのうえ肉体的な苦痛を伴ってい るとすれば、受付の応対一つ一つに不安といらだちをおぼえるものである。受付と しては、できるだけ患者に好感と安心感を与えるように努力しなければならない。
1) 緊急症状のある初診患
緊急症状を訴えて来院した患者には、「どうなさいましたか、お痛みですか」と 問いかけながら、患者の示す苦痛の状態をできるだけ把握するとともに、ただちに 歯科医師に連絡し指示を受ける。すなわち、時間約束制(アポイントメント・シス テム)の診療所であれば、予約患者の了解を得て時間をさいてもらい治療すること がある。あるいは、診療の順番を早めにすることもある。
ここで大切なことは、たとえその診療所が時間約束制をとっていても、また診療 時間外の場合であっても、診療システムなどの具体的な説明は緊急処置が終了し、 患者に再来を約束するときに説明すべきである。くどくどしい説明よりもすべて緊急処置が優先することを忘れてはならない。
患者が苦痛を訴えているときは、いくら診療システムなどを説明しても、それは 反対に患者の不快の念をいだかせるだけであり、人間関係を悪くする原因ともな る。患者の感情が不安と苦痛からくる強い緊張状態にあるときは、受付あるいは歯 科医師がいくらていねいに説明しても患者は平静にその言葉を判断することができ ない。かえって、それからの治療に対して逆効果となって現れることがしばしばで ある。
人間の心の動きは、普通、知・情・意の二つに分けられる。最近の臨床心理学の 分野では、人間の行動や態度における感情の重要性が重視され、感情が知性や意志 の基盤となるものであると考えられている。すなわち、患者の感情を無視して、診 療に対する心構えや診療システムを親切に説明しても、けっしてよい結果をもたら すことはない。また、初診患者、とくに緊急患者は、受付に対して他の診療所での 不満や自分の仕事の多忙さなど、いろいろと訴えることがある。その場合、その患 者の考えていることが良いとか悪いとか、あるいは必要だとか不必要だとかの意見 がましい言葉や態度はさけ、素直に患者の気持ちを理解し受け入れることが大切で ある。
われわれは、“ 医療というものはまず人間と人間との信頼関係の場から始まる" ものであることを、改めて認識する必要がある。
人間は本来、他人の意見なり態度を評価したり、非難したりするという傾向を有 している。この傾向が強すぎると、人間相互の良い関係が成り立ちえない。受付は 患者の気持ちのよき理解者でなければならない。
2)緊急症状のない初診患者人間の心の動 はじめて来院した患者に、「おはようございます。はじめてですか」と受付のほ うから明るく声をかける。「はい、はじめてです」などと患者が答えたら、今度は 「いかがなさいましたか、お痛みでしょうか」と、受付は誠実な気持ちを込めて間 いかける。「いや、いまは痛んでいませんが、むし歯の治療をお願いしたいのです が……」などと患者が来院目的を答えたら、「診療申込書がございますので、それ にご記入ください。保険証がございましたら、 ご一緒にお出しください」というよ うに受診手続きの指示をする。はじめての患者は、この二、三の受け応えの態度と 雰囲気で、その診療所のイメージを感じとってしまうものである。
緊急症状がなければ、時間約束制の診療所の場合は、来院予定日を記入した診察 券を発行して、再来を約してお帰りいただくことになる。この場合注意すること は、現在、緊急症状がなくても、万一待っている途中で痛みを訴えるとか、少しで も異常があればただちに電話連絡なり、来院してもらうように指示しておくことで ある。ときには、院長に連絡して指示を仰ぐことも必要であろう。「現在、少し水 がしみる程度で、そんなに痛みません」という患者の場合でも、一晩たてば急性症 状を訴えることがよくあるからである。時間約束制を採用していない、いわゆる順番制の診療所の場合は、「約10分くら いお待ち願うことになると存じますが、お呼びするまで、そちらでどうぞお待ちく ださい」と一応待ち時間の予告をしておくと、患者に安心感を与える。
受付での患者との応対のなかの言葉の一つ一つに知性と優しさが現れてほしいも のである。
3)問題のある患者への対応
よく世間では、人を色分けするとき、あの人は良い人だとか、悪い人だとか、あ るいはインテリだとかいうように、わりあい簡単に決めつけてしまうものである。
しかし、一口に良い人とかインテリとかいっても、さまざまである。また、いろい ろな側面をもっているので、 この人はこうだと断定することはさけなければならない。
診療所の受付には、一日にいろいろなタイプの患者が訪れる。そのなかには、普 通に応対すればよい患者もいれば、どう応対してよいのか困惑してしまうような患 者もいる。
たとえば、頑固な患者、自己中心的な患者、いばる患者、気むずかしい患者な ど、特別な性格をもつ患者とトラブルが生じた場合は、けっして議論しないで誠意 をもって親切に、その患者の身になって考えるように努めるとともに、相手の気持 ちを理解するように努めることである。
われわれは、患者との面接の場で無意識のうちに、思いもかけない悪い結果を生 じたり、 また、こちらは善意あるいは好意のつもりでいっているのに、相手には逆 に受け取られることがある。面接場面のむずかしさをいまさらながらに痛感させら れることが多い。“あなたのためを思っている"と心から忠告したり、激励した相 手がいっこうにそれを受け入れないばかりか、反対に悪い結果を生むのはなぜだろ うか。われわれは、その点を考えてみる必要がある。不安に悩み、緊張状態にある 患者に「心配なさることはありませんよ、大丈夫ですよ」という場合、それがいかに善意から出た言葉であっても、“心配だ"という患者の気持ちに対する一種の抑 圧と拒否になることがある。“心配するな"という前に、 まず相手の気持ちを十分 に受け入れて、理解しようという態度が必要なのである。
日常生活で、いかに“理解と受容の態度"が少なく、“抑圧と拒否の態度"が多 いか、またそれが、いかに互いの心の交流を妨げているかを考えてみる必要がある。


保険証の確認
1)保険証の提出を求める
初診のときは、まず診療申込書に記入してもらうとともに、保険診療であれば必 ず保険証、証明書などの提出を求め、受給資格の確認をしなければならない。
保険医療機関は、患者から療養の給付を受けることを求められた場合には、その 者の提出する被保険者証によって療養の給付を受ける資格があることを確かめなければならない。ただし、「緊急やむ をえない事由により被保険者証を提出することのできない患者であって、療養の給 付を受ける資格が明らかなものについては、この限りでない」(保険医療機関およ び保険医療担当規則第3条)。
従来の保険証は一世帯に一通であったが、現在は一人一枚のカード様式になりつ つある。これは被保険者の利便性の向上を図るため、個人ごとのカード様式に変更 したものである。
当日、患者が保険証または証明書を提出しない場合は、後日できるだけ早く保険 証などの提出を求め、必要事項を確認しておくことが大切である。受給資格の確認 ができないもの、あるいは資格のないものについては私費払いとして扱う。

2)保険証の記載事項の確認
受付で保険証を受け取ったときは、その保険証に記載されている事項について確 認する。保険証の有効期限、検印、被扶養者氏名の記載、国民健康保険の管轄地 内・外、一部負担割合などに注意する。その他、所定欄記載の不備、不明瞭なもの (たとえば、住所の記入のないもの)については患者によく聞いて整備しておく必 要がある。

3)保険証の療養給付記載欄の記入
保険証の療養給付記録欄に、氏名、傷病名、開始年月日を記入し、認印欄に捺印 する。保険証は療養が終了するまで保管することになっている力S、正当な理由によ り当該患者から保険証の返還を求められたときは返還しなければならない。ただ し、最近の傾向として資格喪失が増えているので、毎月保険証を確認する必要があ る。終了のときには、終了年月日、転帰、請求金額(一部負担金額)を記入する。
また、義歯を新調した場合は、装着した日付を記入する。

4)保険証の種類
(1)健康保険被保険者証(政府、組合)
(2)船員保険被保険者証
(3)健康保険被保険者受給資格者票
(4)健康保険被保険者特別療養費受給票
(5)共済組合被保険者証(国家公務員、地方公務員、市町村職員、公共企業体職員、公立学校、私立学校教職員等
(6)自衛官診療証
(7)任意継続被保険者証
(8)国民健康保険被保険者証(市町村、医師、薬剤師、建設、左官タイル、板 金、全国土木等)
(9)国民健康保険退職被保険者証
(10) 特例退職被保険者証

5)証明書の種類
(1)継続療養証明書
資格喪失時、診療経過中の疾患について継続して保険給付を受けるために発行さ れる。継続療養給付は資格喪失前継続して1年以上被保険者であつた者にかぎり、 初診日より5カ年間給付される。
(2)療養資格証明書
保険証の検印、更新、再交付申請中などの際に発行される。有効期間は原則とし て5日間である。
(3)船員保険療養補償証明書
おもに船員法89条第2項に該当した場合に持参する。
(4)資格取得申請中のもの
保険証の新規交付手続中の理由で、事業所が発行するものであるが、記号番号が 記入していないので、診療しても診療報酬の請求はできない。

6)医療券の種類
(1)老人保健法医療受給者証
(2)公費負担医療受給者証
生活保護医療券、被爆者健康手帳、その他
(3)福祉医療費受給者証 老人医療費受給者証、乳児医療費受給者証、その他


外来者・訪間者の応対
診療所には受診者以外に、医薬品、材料関係などの日常出入りの業者や、外来者が多数訪れるものである。
日常出入りの外来者については面識があるので問題がないようであるが、実はその人たちについてはより以上に気を配り、診療に多忙な院長に代わって的確な指示 なり、関係業務の処理をしなければならない。
そのためには、受付担当者はつねに 診察室内の歯科衛生士や歯科助手あるいは歯科技工士らと連絡をとり、在庫の確認 や、不足している品物のリストアップなどに気を配らなければならない。
また、院 長の予定表にはつねに目を通しておく必要がある。
訪問者が受付を訪れたときは、すぐに椅子から立ち上がって迎え入れる姿勢をと り、「いらっしゃいませ」とていねいに一礼する。訪問者が男性だったらネクタイ の結び目あたり、女性だつたらえりもとのあたりをみるようにすればよい。
予約の 訪間者には「お待ちしておりました」と応接室なり院長室へ案内する。
訪間者は普通、時間を予約して訪れるものであるが、面識のない予約なしの訪問 者については、名刺を受け取り来意の要点をよく聞き、院長に報告し指示を受け る。名刺は普通、右手に左手を添えて両手で受ける。そして、名刺を受け取ったら 会釈して「○○様でいらっしゃいますねJと確認する。また、名刺を出さないとき は「失礼でございますが、 どちら様でいらっしゃいますか」とたずね、名前と用件 を聞く。訪間者を院長室なり応接室に案内するときは、「お待ちしておりました」あるい は「どうぞ、 こちらへ」と誘導するつもりで訪問者の左前2歩ぐらい先を歩くのが 常識である。
また、訪間者が帰るときは、「失礼いたしましたJ「ごめんくださいませ」と軽く 会釈をする。 とくに長く待たせた訪問者には、「大変お待たせして失礼いたしまし たJと挨拶する。
以上のように、患者の応対以外に外来者、訪問者の応対や院長のスケジュールの 調整、あるいは外部との連絡、交渉という仕事がかなりあることを考えると、受付 の仕事は秘書的性格を有していることが理解できる。
歯科医師は本来、患者の診療に力を尽くすべきである。それが、診療以外の用に 追われるようでは、診療に力を集中することができにくくなる。歯科医師が本来の 診療に専念できるよう、補助的な仕事をしたり事務的なことがらを扱い、歯科医師 と表裏一体となって働く、それが受付秘書の職務といえる。


社会保障と医療保険

社会保障制度の概要
わが国の社会保障制度は、1950年10月に社会保障制度審議会が示した 社会保障の構想をもとに、逐次、整備拡充されてきた。
1961年に国民皆年金・国民皆保険体制が導入され、全国民を対象とした総合的な 制度としての社会保障が確立される基礎ができた。
社会保障という言葉は、1935年のアメリカ社会保障法(Social Security Act) ではじめて使用された。しかし、当時は社会保障といっても、一部の労働者を対象 とした労働者保険と貧困者を対象とした救済施策が中心であった。国民各層を対象 とした総合的な生活保障としての社会保障は、各国とも第二次大戦後に実施され た。現在、社会保障の対象者の範囲や実施方法などは国によって差異がみられる。
わが国の社会保障給付費の範囲は、ILO(国際労働機関)が国際比較上定めた社 会保障の基準に基づいて決定され、「医療」「年金」「福祉その他」に分類されてい る。「医療Jには、医療保険、老人保健の医療給付、生活保護の医療扶助、労災保 険の医療給付、結核、精神その他の公費負担医療、保健所が行う公衆衛生サービス に係る費用が含まれる。「年金」には、厚生年金、国民年金などの公的年金、恩給 および労災保険の年金給付などが含まれる。「福祉その他」には、社会福祉サービ スや介護対策に係る費用、生活保護の医療扶助以外の各種扶助、児童手当などの各 種手当、医療保険の疾病手当金、労災保険の休業補償給付、雇用保険の失業給付が 含まれる。
ここでは、社会保障を一応次のように定義づけておく。すなわち、社会保障と は、病気・負傷・廃疾・死亡。老齢および失業など、国民の一人一人が自分の力で はその生活を支えることが困難であるような事態に対し、国あるいは公の負担・責任において、その生活を保障する制度である。
国民がなんらかの原因によって喪失した所得を国が補給するためには、それに必 要な資金を確保しなければならない。
すなわち、国家は国民総生産の一部をその資 金にあてるか、あるいは国民所得の一部をこれにあてるかのいずれかの方法によっ て、 これをまかなう必要があるわけである。
前者は旧ソ連のような社会主義国家において行われている。後者は資本主義国家 において行われ、国民所得を税金その他の財政収入や保険料の形で徴収した資金を もって、国民が病気その他あらゆる原因によって陥る生活の困窮に対し、その生活 を保障するものである。
このうち、一般財政収入を資金として生活の保障を行うものを公的扶助といい、 保険料の形で準備した資金をもってする保障を社会保険といっている。
社会保険は、医療保険。年金保険・雇用保険および災害補償保険の4部門に大別 されていたが、2000年4月から介護保険が施行され、 5部門に大別されている。


医療保険の内容
医療保険は、被保険者または被扶養者に業務上外の疾病・負傷などの事故が 生じた場合、その治療費、休業に伴う収入の減少などによる経済的損失を補う目的 で、金銭のほかに疾病の医療という現物給付を行うものである。
医療保険では、現物給付としての医療が主要な給付であることが、他のもっぱら 現物給付を採用する社会保険または私保険と異なるところである。
この直接的な医療をもって金銭給付に代える理由は、第一に賃金物価の変動の際 にも一定の給付をすることを要するという社会保険の特別な使命に基づくものであ る。また、現金として治療費が支給される場合に、必ずしも治療に用いられない事 実が考慮されたからである。
医療保険の給付としては、医療のほかに金銭給付として療養費、傷病手当金、埋 葬料、分娩費、出産手当金ならびに育児手当金がある。
地方社会保険事務局長が指定した保険医療機関である診療所または病院によって 行われた医療に要した費用は、あらかじめ各医療行為について定めた点数と単価と による金額を、社会保険診療報酬支払基金を通じて、保険者が医療機関に支払う。
これを現物給付。出来高払いとよんでいる。
この診療の給付は原則として治癒するまで行われ、期間の制限はないが、被保険 者資格喪失者が継続して診療を受ける場合は、当該疾患の診療を開始したときから 5カ年を限度とする。
現物給付・出来高払い制度のもつ長所、短所をあげると、次のとおりである。
現物給付
長所:経済的な心配が少なく気軽に医師にかかれる。
短所:必要以上に医師にかかるケースが増える。
出来高払い
長所
(1)医師の労働と報酬を比例させることができる。
(2)患者の症状に応じた治療ができる。
短所
(1)医療の質より量を重視するようになる。
(2)医師の技術差が医療費に反映しない。
現物給付をたてまえとする医療保険でも、保険財政的理由から費用の一部を患者 に直接負担させている。一部負担金とよばれるものである。
療養費とは、近隣に保険医がいないか、または緊急のため、保険医以外の医師、 歯科医師などから治療を受けたときは、支払った医療費の実費を一定の 基準によって保険者から現金で払い戻しを受けることができることをいう。
現在の医療保険制度では、診療機関への報酬を改訂する問題が毎年懸案となって いる。保険財政がしだいに困難となってきた現在、保険料の算出方法および一部負 担金の増額の問題が起こり、これらを解決するため中央社会保険医療協議会*2など で慎重に協議を重ねてきている。


医療保険の種類
一般に社会保険では、被用者の業務外の傷病と自営者および無業 者の傷病事故とを対象とする保険を健康保険とよんでいる。
このうち、 もっとも狭 義の健康保険は一般被用者とその家族を対象とし、1927年1月に全面施行された。
わが国の医療保険のうちで最初に成立したものである。
また、1953年には日雇労働者健康保険法が成立して、臨時の被用者とその家族 にも健康保険給付が行われるようになった。
船員とその家族を対象とする船員保険は、1939年の創設以来健康保険給付が実 施されている。
公務員および私立学校の教職員とその家族のためには、それぞれの共済組合、す なわち国家公務員・地方公務員共済組合および私立学校教職員共済組合などの組合 が、健康保険とほぼ同様な給付を実施している。
そのほか、自営業または無業者を含めた一般国民のための国民健康保険は、1938 年に施行された。市町村の商工業、農業、漁業などの自営者および無業者のため に、各市町村または職種別の団体が保険者となって、 この保険が実施されている。
また、1982年8月には老人保健法が成立し翌年2月に施行された。これは70歳 以上の人の医療を各制度一本化して実施するものである。老人の健康づくりを目ざ すとともに、高齢化社会を背景とした医療費増加の軽減を図ったものである。


療養の給付
各種医療保険に加入している被保険者および被扶養者は、それを証明する保険 証を保険医療機関に提示すれば療養の給付を受けられる。そして、保険医療機関は 医療という現物給付を実施しなければならない。
保険医療の担当者は、わが国のすべての医師、歯科医師というのではなく、各医療保険制度ごとに指定、その他特別の契約を行い、それを受けた者が保険医療を取 扱うことができるのである。しかし、現実にはわが国のほとんどの医療機関、医師、 歯科医師が保険医療の担当者となって国民皆保険制度下の医療を担当している。
保険医療機関は法律の定めるところによって療養の給付を担当する。その範囲は、
(1)診察
(2)薬剤または治療材料の支給
(3)処置、手術その他の治療
(4)病院または診療所への収容
と定められている。
療養の給付を行った保険医療機関は、所定の手続きを経て診療報酬を請求するこ とができる。そして、社会保険診療報酬支払基金を通じて、保険者が保険医療機関 に支払われるが、その費用は厚生大臣の定めるところによって算定する。


診療報酬が支払われる仕組み
保険医療機関に診療報酬が支払われる仕組みは、次 のとおりである。
(1)被保険者は国や組合などに、給料から所得に応じて一定の比率で保険料とし て差し引かれる。また、国民健康保険の場合は、保険料または保険税の形で直接納 入方式となっている。それに国や市町村、事業主などの負担金をあわせて、常時プ ールしておくことになっている。
(2)被保険者またはその家族が保険医療機関で医療を受けた場合、決められた一 部負担金を支払う以外は保険診療の給付内であれば、高額な治療でも治療費を支払 う必要はない。
(3)保険医療機関は、保険診療に要した診療報酬費を毎月定められた書式に記入 し、社会保険診療報酬支払基金、国民健康保険団体連合会などに請求する。ここで は、各都道府県ごとに「社会保険診療報酬請求審査委員会」が設けられていて、合 議により提出された診療報酬明細書(略して明細書またはレセプトという)につい て、その内容が社会保険関係法令あるいは保険者との契約に基づいて適正な診療が 行われているか、そして必要とする記載事項に不備がないかどうかを書類上で審査 する。
(4)審査済みの明細書は保険者に送られ、保険者は明細書に記載された請求金額 を社会保険診療報酬支払基金に支払い、支払基金はすでに預託されている事業基金 ならびに保険者その他から集まった金で、各保険医療機関ごとに一括して診療報酬 が支払われる仕組みになっている。


老人保健制度の概要
最近、急速度で具現化した高齢化社会を迎えて、膨張する老 人の医療費に対応するため、70歳以上の者および65歳以上70歳未満の寝たきり 老人などを対象とした“老人保健法"が1983年2月に施行された。これは、その 目的として“国民の自助と連帯の精神に基づき国民の老後における健康の保持と適 切な医療の確保を図るため、予防、治療、機能訓練にいたる各種保健事業を総合的 に行うとともにそれに必要な費用は国民が公平に負担する"とうたっているよう に、1973年から実施されてきた老人医療無料制度を見直し、財政の立て直しと負 担の公平を目的とするとともに、40歳以上の国民を対象とした医療、保健体制の 整備を行い、疾病の予防から機能回復のための訓練まで幅広い分野での施策向上を 意図したものである。
その後、1987年には患者一部負担金の改正、さらに老人保健施設のall設等を内 容とする老人保健法の改正が行われた。さらに、介護体制の充実と老人保健制度の 長期的安定を目ざして1991年10月にふたたび一部改正が行われた。具体的には、 老人訪問看護制度の創設等により、介護体制の充実を図った。
老人訪間看護制度と は、在宅の寝たきり等の状態にある老人に対して、かかりつけの医師の指示に基づ いて地域の訪問看護ステーションから看護師などが訪問し、看護サービスを行う制 度である。2002年10月には、健康保険法等の一部改正に伴い、老人保健の対象年 齢を70歳から75歳以上へ5年間で段階的に引き上げられ、患者負担の定率1割負 担(一定以上の所得者は2割)が徹底された。
健康な老後を確保するため、老人保健法には各種保健事業が定められている。地 域住民にもっとも密接な行政主体である市町村においては、保健事業を総合的、一 体的に実施する仕組みがとられている。
医療等以外の保健事業として、次のことがあげられる。
(1)健康手帳の交付
健康診査の記録、医療の受給資格、医療の記録
(2)健康教育
1.個別健康教育
2.集団健康教育
3.介護家族健康教育
(3)健康相談
1.重点健康相談
2.総合健康相談
3.介護家族健康相談
(4)機能訓練
歩行。上肢機能等の基本動作訓練、日常動作訓練
(5)訪問指導
家庭における看護方法、療養方法、日常生活動作訓練方法等
(6)健康診査(歯周疾患検診も含まれる)
以上の六つが老人保健制度の概要であるが、高齢社会が抱える問題点として次の ことが考えられる。すなわち、現在は働き盛りの人6人弱で1人の高齢者を支えて いるが、2000年には4人弱で1人を支えなければならなくなる。また、第二の人 生ともいえる長期化した高齢期にいかに健康で充実した生活を送ることができる か、換言すれば、「いかに健やかに老いることができるかJを中心に、個人の人生 設計そのものの見直しが必要となってくる。
高齢者は豊富な経験と知識をもっており、かつ、余暇に恵まれている。これら高 齢者の能力と創造性を発揮させ、かつ、社会がこれらの高齢者の社会活動を積極的 に受け入れるような基盤づくりを行うことも重要な課題となるであろう。高齢者が これまでに蓄積した経験と能力を有効に発揮できる機会を確保することは、これら の人の生きがいを高め、充実した老後の生活を確保するという点からもきわめて重 要である。


歯科医療の内容

歯科医療とは、歯や口腔に関連した疾病に対して用いるなんらかの専門的手段、 すなわち、治療、修復、予防などを指すが、さらに個体を歯科的に健康な状態に導 くために行われる一連の行為をいう。
最近、歯科医学の進歩による歯科医術および関連歯科材料器具の研究開発にはす ばらしいものがある。歯科医療担当者は現在のように高度化した診療を行ううえ で、小児歯科、矯正歯科というように、それぞれ専門化していく傾向がある。

人をなおす医療
また、最近は医療の社会性が問われる時代である。医療は社会という枠のな かで偏ることなく、すみずみまで根を下ろさなければならない。そして、人間の幸 福という大原貝Jのもとで医療が論じられ研究されなければならない。
中国の古いことわざに、 “下医は病気をなおし、中医は人をなおし、上医は国を なおす"ということがいわれている。病気を治すということは、ある意味において は簡単なことかもしれないが、病気をもった人間すなわち患者をなおすということ は、そんなに簡単な問題ではない。 しかし、このことは医療の考え方のなかで非常 に重要なことである。
たとえば、ここに1本のう歯による痛みを主訴として来院した患者がいるとす る。そのう歯を治療することは簡単であるかもしれない。しかし、そのう歯は上下 顎歯列のなかの1本の歯であり、一定の咬合の原則に従って存在する歯でもある。
さらには、患者という心をもった人間の臓器の一部であり、歯の痛みはすなわち心 の痛みでもある。
患者の心を無視して、単なる歯科的技術を駆使しての治療のみに走ることは、医 の本質に反するものであると考えられる。


医は仁術
単なる技術的な問題でなく、たとえば、患者の経済的な面、年齢、その人の医 療に対するものの考え方、医師との信頼関係など種々の要素を加味しながら医療を 進めていく必要がある。
澤潟久敬(哲学者)は、『医学概論』のなかで次のように述べている。
“医学とは単なる技術であるか、従来ひとはともすればそのように考えてきた。
しかしながら、技術とは人間が自然を征服する手段である。それは人間と自然との 関係である。けれども医術は技術であるとともに仁術である。仁術とは人格と人 格との関係である。自然と人間の関係と、人間と人間の関係のこの二つの関係の相 違を認めえぬ理論は抽象的であり、 この二つの関係の違いを無視しようとする態度 は不道徳である。元来医学の使命は病気をなおすことではなく、病人をなおすこと である。否、単に病人のみが彼らの対象ではない。
釈尊をして人生の四苦と言わしめた、生。老・病・死に悩む人間の伴侶たること こそ、医者たるものの使命であり務である。医者は単なる科学者であってはならない。仁者でなければならない。そこにいわゆる医道なるものも必要となろう"(ふ りがな筆者)。
最近、わが国においても「インフォームド・コンセント」とぃぅ言葉が日常使 われるようになった。日本医師会生命倫理懇談会では「説明と同意」というように 訳している。これは、今までの医療がとかく医師中心で進められ、患者は単に受け 身としての存在であつたが、医師は病名や病状を告げるだけでなく、検査法や治療 法について、いくつかの選択肢を与え、それぞれの優れている点や予後への好まし い影響などを十分に説明して、患者はこれらを自主的に判断して選択し、同意する ということである。すなわち、患者の意思の尊重であり、患者中心の医療の普及を 目ざしたものといえる。
以上は、医師だけの問題ではなく、歯科衛生士をはじめ医療従事者の問題であ り、一人一人が十分に自覚していなければならない。


歯科医療の三つの型
現代の歯科医療は国民皆保険制度のもとでかなり平均化したといわれ る。 しかし、それでも歯科医師の経験、歯科医療への基本的考え方により次の三つ の形式に分化していくと思われる。
(1)きわめて高度の専門医に準ずるもの。歯科補綴、歯科矯正、小児歯科、口腔 外科の分野に多くみられるが、まだまだ、わが国においては欧米に比べて専門医の 数は少ない。
(2)個々の医療行為は専門医に比べて高度とはいえないが、患者の口腔を1単位 として治療しようと努力し、全身の一部としての治療および予防を行うもの。
いわゆる1口腔1単位の治療とは、 1口腔内の主訴の歯のみを治療するものでは なく、他の部位にう歯や歯周疾患あるいは欠損部分があれば、それらを早期に治療 し、総合的な診療計画を立て咬合の改善を図ろうとする考え方である。
(3)治療は主訴を中心として、若干関連ある疾患に手をつけようとするもの。
以上の三つの型は、いずれが優れたものであり、いずれが劣ったものであるかと いうこととはまったく別の問題である。歯科医師はそれぞれのフィロソフィーに従 って選択すればよい。
また、この二つの型に分化してこそ患者が選択性を与えられ、自己の経済的、時 間的条件に従って自由に診療所を選択し、あるいは診療内容を希望することができ るのである。
いずれの型の診療所であっても、受付の果たすべき責任に変わることはなく、診 療の内容や進め方についてよく知っておく必要がある。


予診準備

予診表の意義と目的
受付を済ませた患者には、診療を行う前に、予診表の記入 を依頼する。
予診表記入の目的は、次のとおりである。
(1)患者の過去、現在の健康に関する情報を得ること
(2)医療事故の防止
(3)医療紛争の防止
(4)受診意欲の動機づけ
歯科医師が診療を行うにあたり、まず診断をし、そして処置についての基本的方 針を立てるためには、まず患者から得られる次のような情報を正確に早く知ること が重要である。
(1)患者が何を目的で来院したのか
う歯の治療をしたいのか、義歯を入れたいのか、歯並びを直したいのか、あるい は口腔の清掃を希望しているのか、 これら患者の来院目的を知ることにより、正確 に早く対応することができる。
(2)痛みの具合を知る
どこが痛んでいるのか、歯が痛いのか、歯肉が痛いのか、いつから痛みだしたの か、現在も自発痛があるのか、昨夜は痛くて眠れなかったのか、冷たいものがしみ るのか、熱いものがしみるのかなど、痛みの具合を知ることは、診断に非常に役立 つことになる。
(3)抜歯をした経験があるのか、そしてそのときになにか異常があったかどうか
抜歯をしたときに血が止まらなかった、発熱した、貧血を起こしたなどを経験し た患者は、抜歯に対してほかの人以上に不安感をいだいているものである。
(4)薬を飲んで副作用があったかどうか
薬剤により生体に障害を与え、その結果発疹を生じたものを薬疹という。
歯科でよく用いられる薬疹の好発薬剤は、サルファ剤、バルビタール剤、 ピリン 剤、抗生物質などである。この投薬には注意を要する。薬疹のなかでよく知られて いるじんま疹とは、一過性(通常1-数時間)に経過する掻痒を伴った限局性の皮 膚浮腫のことである。最近、薬疹による医事紛争が起きていることからみても、事 前に、 これら患者の病歴を十分に知っておく必要がある。
(5)注射をして異常があったかどうか
過去において局所麻酔時になんらかの不快事故の経験のある患者は、不安緊張は かなり克進しふたたび同じことを繰り返すことが多い。このような患者を診療する ときには、きわめて慎重でなければならない。注意深い問診により再発を防止する ことは可能である。
(6)特異体質やアレルギーがないかどうか
ある物質に対して過敏性を有する体質を特異体質という。これには食事性特異体 質と薬物性特異体質とがある。前者はその食事に対し、後者はその薬物に対し、そ れぞれ特異的に過敏となった状態で皮膚にじんま疹その他の発疹をきたし、頭痛、 下痢などの中毒症状を発する。__既往症または家族にアレルギー性疾患(とくに気管支喘息、アンルギー性鼻炎、 じんま疹)が認められた場合にアレルギー体質ありと一般的に考えられている。 こ のような体質の患者には投薬に際して十分な注意が必要である。
(7)内科的な病気があるかどうか
内科的な病気、とくに心疾患、腎疾患、高血圧症、糖尿病、肝疾患などを有して いる患者については十分な問診を必要とする。
心臓および血管系の疾患は歯科治療に対して反応しやすい。心疾患患者の歯科治 療を円滑に行うためには、患者の精神的安静を図るとともに、治療に伴う疼痛をで きるだけ少なくする必要がある。
腎疾患は、軽症であれば歯科治療に支障はない。しかし、重症なものはとくに抗 生物質使用の際には急性腎不全を起こしやすいので注意を要する。
最近は高齢者の患者が増力日する傾向にあり、それとともに高血圧症患者の歯科治 療を行うことも多くなっている。これらの患者の多くは主治医を有しており、投薬 を受けているので十分な問診を行い必要な情報を得ることが大切である。
糖尿病は進行性で慢性に経過し、種々の合併症を伴う。糖尿病患者は抜歯などの 歯科治療に対する不安感や恐怖心などの精神的ストレスがカロわると血糖値が上昇す る。また、局所の創傷治癒力が低下するとともに感染をきたしやすいので注意を要 する。
肝疾患は急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変などに分けられるが、それぞれに対して歯 科治療上注意を要する。また最近、患者のB型。C型肝炎ウイルスによる医療従事 者の感染が多いことから、院内感染予防対策が重要視されるようになってきた。
(8)妊娠中であるかどうか
妊婦の歯科治療の場合、母体および胎児に対して種々の影響が考えられる。 した がって薬剤の使用をはじめ、X線撮影、外科的処置に際しては十分注意をはらう必 要がある。
(9)その他の情報
治療あるいは歯科補綴についての患者の希望を知ることは、診療を進めていくう えで参考になるものである。
以上の重要事項に関して、歯科医師が多忙な診療の時間をさいて、これらの一つ 一つを聞きだすことは容易なことではない。予診表の記入は、 これら必要な情報を 速やかに知りうる手段として非常に有効なものであり、その後の正確な治療方針に つながるものである。
予診表はできるだけ患者自身に記入させるようにする。患者が小児であるときは 母親や付添人に記入してもらう。また高齢者で字が読みにくい人には受付が質問し て記入することもあるが、原則として患者本人に記入させることが大切である。患 者自身が記入することにより、正確な情報が得られると同時に、受診意欲の動機づ けにも役立ち、以後の診療に対しての協力態勢が得られることになる。しかし、患者のプライバシーは尊重しなければならない。


その他の質問票
予診表とは別に、患者の回腔衛生状態や家庭での生活環境などに関する情報 を得るために、質問表なり調査表に記入してもらうことがある。
すなわち、
(1)患者の職業、通院に要する時間、通院方法、来院希望時間などを知ることに より、患者に都合のよい時間の予約や通院回数を決定する参考資料となる。
(2)患者の回腔衛生、家庭での生活環境、たとえば、歯を磨く回数と時期、定期 的に検査を受けているかどうか、歯石除去の経験などの情幸長を得ることにより、歯 科保健指導などの参考資料となる。
(3 子どもの受診者の場合は、子どもの性格、子どもの食物・間食、歯磨き習慣、 指を吸うなどの悪い癖、治療経験の有無などを知ることは治療を進めていくうえで 参考資料となる。
以上の質問表や調査表は、診療の場での歯科医師や歯科衛生士にとって貴重な参 考資料となるので、調査表などへの記入の趣旨を十分に説明し、患者の了解を得た うえで協力を求めるべきである。


診療計画
歯科医療担当者は、自己の修得した医術を国民の福祉のために最大限に発揮する 使命をもっている。内容の充実した歯科医療を効率よく、 しかも歯科医師も患者も 満足できる状態で行うためには、それなりの診療体制と手順が必要である。高度の 歯科医療もいかに実際の診療面に生かしていくかということが非常に重要なことで ある。
現在の医療保険制度における診療報酬支払方式は、現物給付、出来高払いという こともあって、疾病の治癒とは無関係に医療費が算定されている。もともと、保険 経済はあくまで収支均衡の枠内操作が基本となっているものであり、これは国家の 社会保障制度の問題でもある。現行制度の改善は、われわれ個人の力ではどうしよ うもない面をもっているが、そうかといって、無計画に多忙な毎日の診療に追われ ているわけではない。
われわれ歯科医療担当者は本来、自己の修得した歯科医学、医術を臨床面で最大 限に発揮して、満足のできる仕事をしたいと考えている。
一方、患者は次のことを希望している。
(1)待ち時間を少なくしてほしい。
(2)痛みを早く止めてほしい。
(3)十分な検査をしてほしい。
(4)どこが悪いか、はっきりといってほしい。
(5)治療するうえでの十分な説明と指示をしてほしい。
(6)できるだけ完全に治してほしい。
(7)費用はどのくらいかかるのか、はっきりといってほしい。
以上の患者の希望は、受付の場において、しばしば聞くことがある。そして受付 は、それに対する返答に困惑することがたびたびであろう。このような問題を解決 するために、診療にあたっては、 まず診療方針を明確にしたうえで診療計画を立案 し、その患者にとっていちばん適切な診療の手順を明示する必要がある。
予診表から得られた情報と、その後の診査、X線写真、スタディモデルなどの情 報を総合して、歯科医師は患者の診療計画を作成し、提示するが、具体的には次の ことを明らかにする。
(1)罹患歯を保存するのか、抜歯するのか
(2)罹患歯の歯髄を保存するのか、抜髄するのか
(3)歯周疾患の処置罹患歯 (4)保存修復や欠損補綴の方法と材料罹患歯 (5)診療日程罹患歯 (6)診療報酬罹患歯 以上の計画は、 もちろん歯科医師の診断に基づいて患者に提示されるものである が、処置の内容によっては、たとえば欠損補綴の方法と材料などについては患者の 理解と契約に基づき、また患者の自由意志により選択されるものである。
受付は、単なる受付事務に終わることなく、患者がこれから受けようとする診療 内容について、できるだけ把握するとともに患者に側面から助言し、またはよき相 談相手となることが大切である。 とくに、診療日程の作成に関連して、来院日時の約束とその管理についての責任は重大である。
また、診療報酬については、健康保険診療の場合は一定の割合で一部負担金をそ の都度患者が支払うことになるが、それ以外の自由診療部分の報酬については、予 診見積書を作成して患者に提示し、次回来院までに検討するように依 頼することがある。その場合、十分な説明が必要である。
患者が了承した場合、その診療報酬の支払方法について確認をとらなければなら ない。普通、契約の場合に半額を、そして終了のときに残額を支払うケースが多 い。 しかし、患者によっては、何力月かの分割払いを希望する場合がある。それを 診療所側が了承した場合は、各支払月日を患者に確認了解してもらうことが必要で ある。なお、この見積書は複写式とし、 1枚は患者に手わたし、もう1枚は受付で 保管する。


時間約束制

十分に検討された診療内容を効率よく行うためには、一定の手順に従った診療体 制のなかで行われなければならない。それには、時間約束制(アポイントメント・ システム)の採用が必要である。

時間約束制の考え方
時間約束制には、次の二つの考え方がある。
1)単に患者の来院する時間を確保する考え方罹患歯 これは、患者の来院日時を前もって知ることができ、 1日何人というその診療所 の能力に応じて患者を管理することができる。
受付には、時間約束簿(アポイントメント・ブック)を用意して患者の名前を診 療時間の部に書き込み、患者には予約診療券を発行する。ただし、 1回ずつのアポ イントメントであるから、患者の多い場合には次回のアポイントメントはかなり先 の日時になってしまう恐れがある。また、緊急患者の処置や、思わぬことで診療に 手間がかかったような場合には、アポイントメントの時間がずれこみ、 1日の診療 手順はかなりの誤差を生むことになる。そして、このようなことがたびたび起こる と患者はこの制度を信用しなくなり、来院時間の約束ごとは乱れ始めることが多々 ある。また、 1回の予約時間が患者一人あたり10分から15分程度では十分な診療 ができないので、結局は診療日数が増えることになる。
受付は、このアポイントメントに対し、一方では診療室での治療の進行状態を心 配し、一方では約束患者の応対と時間が遅れた場合のお詫びと説明に苦労すること になる。
この制度がいきづまり混乱すると、いわゆる来院時間を患者の自由にまかせ、来 院してから先着順に診療するシステムとなんら変わらないことになる。
診療所での歯科医師、歯科衛生士、歯科助手らのスタッフが十分にそろい、ま た、診療ユニット台数に余裕がある場合は、これらのトラブルをある程度解消することができる。 しかし、それらに余裕がない場合は、そのしわよせが、 じかに受付 の肩にのしかかってくることになる。
しかし、この制度は非常によく普及しているので、それなりの実情に即した研究 が必要である。受付は歯科衛生士や歯科助手との連携を密にするとともに、 1日の 診療時間帯に2-3カ所の空白時間帯を設け、時間の調整と緊急患者の治療時間に あてるように心がけるのも一方法である。
2)計画診療を目的とする時間約束制。
これは単に時間を予約するという意味でなく、計画診療を実施するために必要な 手段としての時間約束制である。
計画診療の方針が決まれば、その診療を進めていくうえで、どのくらいの日数を 要し、何回くらいの診療回数を必要とするかということを検討しなければならい。
これは、その診療所の設備とか、スタッフの数と能力に応じて決定されるもので ある。計画診療を進めていくうえでの時間約束制であり、時間約束制がすなわち、 計画診療ではないということに注意すべきである。
この制度を順調に進めていくためには、まず、歯科医師をはじめとして全スタッ フが計画診療と時間約束制の目的、内容、長所、短所を十分に理解していなければ ならない。とくに受付においては、患者への説明および患者の診療日程に応じた日 程表の作成と、約束簿の管理は大変重要な職務となる。


時間約束制の長所と短所
時間約束制の長所と短所をあげると、次のとおりになる。
長所
(1)歯科医師が修得した歯科医学、技術を十分に発揮しやすい。
(2)そのためには、診療行為にかなりの時間を要するが、その診療行為に適した 時間と患者の通院回数を事前に確保できる。
(3)1回の診療行為に時間をかけるため、診療実日数は減少する。
14)患者は待ち時間が少なく、かつ通院回数が少ないことにより、時間のむだが 省ける。
短所
(1)1日の患者の取り扱い数は限られてくる。
(2)患者の多い診療所では、すべての患者にただちに診療を進めていくことは困 難である。したがって診療約束待ちの形で、患者が初診を受けたあと、 しばらく間 をおいて診療時期を約束しなければならない。
(3) 患者が違約して来院しない場合、空白時間をつくることになる。
(4)緊急患者のための診療時間をとるのに苦労することがある。
以上の時間約束制の長所と短所をよく理解したうえで、時間約束制と順番制とを 組み合わせて、患者の希望に応ずる方法もとられている。すなわち、診療所の立地条件とか周囲の環境などにより、 1週間全日を完全な時間約束制とし、 1回の治療 時間は最低30分-1時間、 1日約6-10人の患者を診療する診療所もあれば、 1 週間のうち何日かを順番制の日とし、ほかの曜日は時間約束制の日としている診療 所もある。また、 1日のうち午前は時間約束制、午後は順番制と区別して時間の都 合のつかない人たちのために時間をあけておく診療所もある。いずれにしても、 個々の診療所の実情によって自由に定められる。


受付における注意事項
時間約束制を実施する場合、受付において注意すべきことは次のとお りである。
1)患者に対するPR
最近、この制度は普及しているので患者はよく承知しているが、患者に十分に説 明して協力を求める努力が必要である。
2)予約時間の確認
習慣的に約束を忘れたり、遅れる患者には予約時間の前に、あるいは前日に電話 で次のように知らせることが必要である。“先日お約束いたしました診療のお時間 は、明日午前○時から○時間となっております。ご存じとは思いますが、念のため お電話させていただきました。それでは明日お待ちしております" 2章 受付の基礎知識と業務 41 約束の日時に来院しなかった患者には、電話で“先日お約束の時間におみえにな りませんでしたが、いかがなさいましたか……。あらためてお約束の時間をとらせ ていただきますが、いかがなさいますか"などと連絡する。
3)緊急患者が来院した場合
緊急患者が来院した場合、「どうなさいましたか、お痛みですか」とその患者の 容態を聞き、 もし我慢できないと患者が答えたならば、歯科医師にただちに連絡し 緊急来院の処置をとる。
受診に必要な手続きをとると同時に「ただいま、院長に連絡をとりましたので、 これから拝見いたしますが、 ご承知のように当院では患者さんのおいでになる時間 をあらかじめお約束して診療いたします。あいにく、ただいま予約の患者さんの治 療中でございますので○時ごろまでお待ちいただけるでしょうかJ「できるだけ早 く診られるようにいたします」などと患者の了解を得る。
“当院は予約制ですので"という言葉を最初にいってはいけない。患者には診て もらえるという安心感を与えたうえで説明に入ることが大切である。患者が待てる 場合は、「どうぞ、そちらでおかけになってお待ちください」とお願いする。
4)電話で緊急患者の診療申込があった場合。
このような場合には、「ただいまお痛みですか、それではすぐにおいでください。
いまどちらでしょうか」と患者の現在地を聞いておくことによって、受付はあと何 分ぐらいで患者が到着することができるかを判断し、緊急処置のための対応と時間 調整をその間に考えておく。相手の顔や表情がみえない電話応対の場合は、 とくに 誠意をもって受け応えすべきである。
5)予約なしの新患が来院した場合。
予約なしで来院した新患には、 まずなにを主訴として来院したのか、緊急度はど れくらいか、などの質問をして、 もし緊急を要しない場合は、「あいにくと、本日 は予約の患者さんがいっぱいつまっておりまして、 どうしても治療する時間の都合 がつきません。大変申しわけありませんが、ほかの日に拝見させていただけないで しょうか」とていねいに述べる。患者がそれでよいと了承したならば、「ご都合は いつごろがよろしいでしょうか」「それでは、○月○ 日の○時にお約束させていた だきますので、その時間におこしください。もし、それまでにお痛みになるような ことがございましたら、どうぞご遠慮なくお電話ください」と患者に安心感と信頼 感を与えることが大切である。 もちろん、当日に時間のとれる場合はすぐに診療す るか、あるいはその時間まで待つてもらうことになる。
緊急を要しない患者のなかには、いくら受付が説明しても納得してもらえない場 合もある。その人たちは、まず、むずかしい説明を聞くより結論として今日は診療してくれるのかどうかを先に聞こうとする傾向がある。そして今日は申し込みだけ で診療する時間がないと説明すると、非常に抵抗を感じ、 こちらを非難してくるこ とがある。 このような場合は、議論はできるだけ避け、少しの時間をみて簡単な診 療だけでもするように配慮することが望ましい。
6)時間約束簿の管理。
初診患者が第1回目の診療が終了したときに、あらためて時間約束制のルールを 説明してもよい。そして、次回からの約束は時間約束簿に患者の氏名、来院日時を 書き込む。歯科医師側から次回の診療内容に関するメモなり指示があれば、その内 容を簡単に書いておくと約束時間を調整するうえで非常に都合がよい。
時間約束簿に次回来院の日時を記入したら、患者の予約診療券に約 束の日時を記入し、患者に確認してもらっておく必要がある。 また、患者の都合で 約束の日時を変更する必要が生じた場合、できるだけ速やかに電話連絡するようお 願いしておくことも大切である。
歯科医師が複数の場合、受付が管理する約束簿以外に、個々の診療担当歯科医師 の1日の診療日程表をつくる。前日までにその日に来院する患者の氏 名と時間および簡単な診療内容予定を記入したものを用意しておき、当日各診療台 に配置しておけば診療を進めるうえで非常に有効である。 これには、診療補助者も 協力して、作成するようにする。
この当日の日程表を作成することにより、前日あるいは当日の朝、担当の歯科衛 生士が診療の前準備を十分に行うことができ、スムーズに1日の診療をすることが できる。


時間約束制

意義と目的
歯科医師がその患者のために、最高の診療計画を立て最善を尽くして診療した としても、永久に口腔内の疾病が消滅し、補綴物がその機能をいつまでも持続する とはかぎらない。患者の口腔衛生管理の程度に応じて、健全な状態が永く保持され ることもあれば、半年もたたないうちに再びトラブルが発生することもある。
このためには、一応の処置が終わった患者に一定の期間が過ぎたらふたたび来院 するように約束してもらい、そのとき、 もしなにか異常なり変化があれば、そこで すぐ適当な処置を行うというような患者再診方式をリコール制とよんでいる。
リコール制の目的とするところは、以下のとおりである。
(1)あらたに、う歯や歯周疾患を起こしていないかどうか、口腔内疾患の早期発 見をする
(2)修復部位や補綴物が正常で、その機能を保っているかどうかを観察する
(3)口腔内の清掃状態の観察をする
(4)矯正治療などの術後の状態の観察をする
これらの目的のために、成人では普通6カ月ないしは1年の間隔で、子どもの場 合は3カ月から6カ月の間隔でリコールを続ける。


患者への説明
リコール制を実施するにあたって、 この制度が患者にとって、いつまでも口 腔内を清潔にかつ健全に保っていくうえでの最適の方法であることを理解させるよ うに教育する必要がある。しかし、 これらの教育は診療の都度あるいは診療の期間 を通じて、歯科医師なり歯科衛生士がたえず患者に訴えるべき性質のものである。
すべての処置が終了した時点に、あらたまってその必要性を説明しても効果は疑わ しいものがある。
診療期間中の対話や説明を通じて、患者が本当に自分の回のなかの健康を考える ようになったときにはじめて、 このリコール制の必要を患者自身が感じとるように なるものである。リコール制の通知を実際に行う立場の受付としては、その意義と 目的を十分に理解したうえで患者にわかりやすく説明できるようになる必要があ る。
たとえば、
(1)次回はいつごろになるのか
(2)その時期になれば、こちらから連絡すること
(3)もし、約束の日に来院できないときは、どうしたらよいのか
(4)それまでになにか異常があれば、すぐに連絡してもらうこと といった内容をもりこんで説明すればよい。
“これですべての治療が終わりました。これから6カ月ごとに、あらためて検査 いたしますが、 この次の検査の日は○月の中旬ごろになる予定です。その時期にな りましたら、 こちらからご連絡いたしますので、そのときにはどうぞおいでくださ い。もしも、その日がご都合が悪いようでしたら、あらためてご相談申し上げます ので……"とその患者に6カ月あるいは3カ月後には再診査の通知を出す旨を知ら せておく。


リコールカードの作成と整理
治療の最終日に、受付はリコールカードに患者の 氏名、住所、電話番号、初診年月日、診療録番号と6カ月後あるいは3カ月後の再 診予定日を言己入しておく。ノートを使用する方法もあるが、ある程度以上の数にな ると、その管理はいきとどきにくくなるので不便である。
記入されたカードは、リコールカードボックスの当該月のところに 入れておく。カードボックスは1月から12月までの月ごとに区分する。たとえば 3月のところには、いつも3月中にリコール予定の患者のカードが保存されている。
ことになる。そして、予定どおりその患者の再診査が終了して特別異常がなけれ ば、次回のリコール予定月、すなわち、この場合は9月のところにこのカードを入 れておけばよい。


リコールの通知
受付は、 リコールカードボックスに保存されたリコールカードをリコール予 定月の前月に取り出して、診療所のスケジュールなどと照合しながら再診日時を予 定し、リコール通知はがきに患者の住所、氏名を記入する。このはが きはリコール予定日の2週間前に投函する。
なお、患者の都合の悪いときは、電話連絡することになっているので、そのとき は変更すればよい。しかし、なかには、リコールに応じない患者や、 1-2回のリコールには応じるが、その後はリコールに応じなくなる患者もある。
普通、 6カ月ごとのリコールであれば、 2回連絡して応答のなかった患者に対し てはリコールを打ち切ることになり、そのリコールカードはカードボックスから取 り出して別のボックスに保存しておけばよい。
リコールの患者も、かなりの数ともなれば毎月の再診査は診療所にとって大変な 負担となり、その対応に追われることになる。そうならないために、ときにはその 患者の状況に応じて一定の時期にリコールの打ち切りを行うこともある。その決定 は、もちろん歯科医師がするものである。しかし、受付としては別の観点からその 患者を知っているのであるから、受付の立場から歯科医師にリコール打ち切りの可 否について進言することも可能である。